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東京高等裁判所 平成4年(ネ)665号 判決

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決中、七二八三米ドル及びこれに対する昭和六三年二月二二日から支払済まで年六分の割合による遅延損害金の支払を命ずる部分につき、これを取り消す。

2  右部分につき被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

(本案前)控訴却下

(本案)控訴棄却

第二  当事者の事実の主張及び証拠

一  当事者双方の事実の主張は、当審における主張を次のとおり付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

1(被控訴人)

控訴人の本件控訴は、原判決のどの部分について取消を求めるのか、特定されていないから不適法である。

2(控訴人)

被控訴人の控訴人に対する本件手形買戻請求権には、輸出手形保険約款第一九条に基づき、または、荷為替手形の買取に際し控訴人が被控訴人に対し、昭和二八年九月一一日二八通第二〇九七五号「輸出手形保険の保険関係が成立する荷為替手形の買取等について」第二に基づく書面(甲第五三号証)を差し入れることにより締結した特約に基づき、「保険事故の発生について控訴人が無責の場合には、保険金の支払を受けた限度において買戻請求権を行使しない」との制限が付されているというべきである。

3(被控訴人)

(一)  本件は、為替手形についての遡求権もしくは利得償還請求権又は銀行取引契約上の買戻請求権に基づいて、振出人たる控訴人に対し、一定額の金銭の支払を求めるものであるが、為替手形に輸出手形保険が付保されていたため、当該保険に関する法令・約款の定めとの関係から、右請求が制約を受けることになるか否かが争点である。

(二)  輸出手形保険約款一二条三項に「銀行は、保険事故が生じたときは、当該荷為替手形について遅滞なく手形上の権利の行使(保険事故が生じたことにつき振出人の責に帰すべき事由がない場合においては、そ求権の行使を除く。)及び附属貨物の処分その他附属貨物に関する権利の行使に努めなければならない。」と定められている。

(三)  ところで、右の規定と並んで、輸出保険法(現在の貿易保険法)五条の一〇第二項に「保険金の支払を受けた外国為替公認銀行は、荷為替手形の満期において支払を受けることができず、又は荷為替手形につきそ求を受けたことについて荷為替手形の振出人の責めに帰すべき事由がない場合は、支払を受けた保険金の額に相当する金額についてそ求権を行使してはならない。」と、輸出手形保険約款一九条に「銀行は、保険金の支払をうけたときは、保険事故が生じたことについて荷為替手形の振出人の責めに帰すべき事由がない場合は、振出人に対し、支払を受けた保険金の額に相当する金額について支払を請求してはならない。」との定めがある。

(四)  従つて、いずれの定めが適用されるとしても、保険事故が生じたことについて、本件荷為替手形の振出人である控訴人の責めに帰すべき事由があるときは、控訴人は、そ求権または買戻請求権の行使に応ずべき義務があるものというべきである。

(五)  控訴人には、本件保険事故が生じたことについて責めに帰すべき事由があつた。

(1)(関係者)

控訴人ないし株式会社エムイーアイジャパンが本件取引の商談を始めた当時から本件手形買い取り当時、控訴人の代表取締役であつた田中重人と株式会社エムイーアイジャパン代表取締役安富清之は、実の親子で、長期にわたつて同居していたこと、本件手形振出当時、田中重人は九一歳の高齢で、自ら海外の商社と貿易取引の交渉を行い、貨物の調達、輸出手続をすることはできなかつたと考えられること、控訴人の役員は、一名を除きすべて株式会社エムイーアイジャパンの役員に就任したことのある者であること、控訴人の本店所在地は、田中重人及び安富清之が居住していた東京都大田区東雪谷二丁目六番一四号になつているが、支店の所在地は、株式会社エムイーアイジャパンの本店所在地である東京都新宿区内藤町一番地であり、そこが控訴人の活動の本拠地であること、株式会社エムイーアイジャパンの本店所在地であるビルは控訴人が借り受けていたものであつたし、株式会社エムイーアイジャパンの電話とされていたものも、控訴人が設置した電話であつたこと、控訴人の常勤役員は日頃株式会社エムイーアイジャパンの役員としても活動していたこと、本訴提起後は控訴人代表取締役が安富清之に変更されている(その後辞任)こと等から、安富清之の行為は田中重人の行為ととらえることができ、株式会社エムイーアイジャパンと控訴人とは同一人格と考えるべきものであり、仮に同一人格とは見られないとしても、株式会社エムイーアイジャパンの行為を控訴人が知らないことはあり得ないという関係にある。

(2)(既知の取引相手)

テルスター社及びマドラス社はいずれもバーニー・フィリップスを代表取締役とする会社であり、テルスター社の役員であつたスヘール・アーメッド(アーメッド・スヘール)は、株式会社エムイーアイジャパンの役員でもあつた。テルスター社に関するダン・アンド・ブラットストリート社の信用調査報告書には、株式会社エムイーアイジャパン及び控訴人の取締役を兼任する田中一三を表示すると考えられる「K・TANAKA」が、テルスター社の代表取締役として記載されている。したがつて、株式会社エムイーアイジャパンすなわち控訴人は、本件手形を含む一連の手形が関係する貿易取引が開始される前から、テルスター社及びマドラス社の経営者やその業務の内容、財務状態等を知つていたとみるべきである。

(3)(登録申請時の故意)

テルスター社及びマドラス社のいずれについても、株式会社エムイーアイジャパンが海外商社名簿への登録を申請した。この登録申請書に添付されたダン社作成名義の信用調査報告書は偽造のものであつたが、右(2)の事実からすると、株式会社エムイーアイジャパンは、右信用調査報告書が偽造のものであるか少なくともその内容が不実のものであることを熟知していた。

(4)(注意義務の懈怠)

仮に右登録申請をするまではテルスター社が株式会社エムイーアイジャパンにとつて未知の取引先であつて、右信用調査報告書が虚偽不実のものであることを知らなかつたとしても、株式会社エムイーアイジャパンは、新たに貿易取引を開始するに当たつて、輸出業者として取引相手のことをよく調査すべき注意義務を著しく怠つたというべきである。

(5)(取引の異常)

控訴人及び株式会社エムイーアイジャパンが、テルスター社を支払人として振り出した荷為替手形は、控訴人分七通手形額面金額三一六万七一五〇米ドル(買取時の為替相場で円に換算すると四億六二七五万五二〇二円)、株式会社エムイーアイジャパン分一通手形額面金額八九九五万円、合計八通手形額面金額五億五二七〇万五二〇二円である。これらの手形は、一通の手形の決済もなされないうちに、すべてD/Aを条件として、次から次に振り出された極めて異常なもので、控訴人は自ら不渡り事故を招いたに等しいというべきである。

本件手形は、控訴人による右の一連の七通の手形中四番目に振り出されたもので、控訴人としては、当然不渡りの危険を考慮すべき時期に振り出されたものである。

(6)(結論)

以上の次第で、控訴人には、本件保険事故が生じたことについて、責めに帰すべき事由があるものというべきである。

4(控訴人)

(一)  被控訴人の主張(一)ないし(四)は争う。

(二)  (被控訴人の主張(五)に対する認否)

(1) 被控訴人の主張(1)に指摘の事実は認めるが、主張は争う。

(2) 被控訴人の主張(2)は否認する。

(3) 被控訴人の主張(3)のうち、テルスター社及びマドラス社のいずれについても株式会社エムイーアイジャパンが海外商社名簿への登録を申請したことは認めるが、信用報告書が偽造であつたことは不知、その余は否認する。

(4) 被控訴人の主張(4)は否認する。

(5) 被控訴人の主張(5)のうち手形振出の事実は認めるが、その余は争う。

二  証拠の関係は本件記録中の証拠目録(原審及び当審)のとおりであるから、これを引用する。

第三  判断

一  本案前の主張に対する判断

被控訴人は、控訴人の本件控訴は原判決のどの部分について取消を求めるのか特定されていないから不適法であると主張する。

しかし、本件控訴は、不服申立の範囲を金額の点において限定するに過ぎないことは明らかであつて、不服の申立の範囲が特定されていないとはいえない。控訴人の右主張は採用し難い。

二  本案の主張に対する判断

1  基本的な契約関係及び手形の振出、買取等について

銀行取引契約及び外国為替取引契約と特約、被控訴人の本件手形の買取、被控訴人と政府との輸出手形保険契約、本件手形の一覧のための呈示及び満期、本件手形支払人の破産、本件手形の支払のための呈示、拒絶証書の作成及びその費用の支払、本件訴状の送達の事実は、原判決「事案の概要欄二」記載のとおりである。

2  貿易保険法と輸出手形保険制度の趣旨について

貿易保険法の定めと輸出手形保険制度の趣旨については、原判決四枚目表四行の「貿易保険法は」から末行まで、及び同裏末行の「輸出手形保険の制度は」から原判決五枚目裏末行までを引用する。

ところで、《証拠略》によれば、控訴人は被控訴人に対し、昭和六二年四月一七日付けで、「私(当社)振出の輸出手形を貴行において買い取られるについて、私(当社)の依頼により貴行において輸出手形保険を付保された場合、万一保険事故が発生し、政府と貴行との間に締結せられている輸出手形保険契約の保険約款第一九条が適用される場合においては、前記約款第八条に規定する残額と貴行が支払を受けた保険金の額との差額を、私(当社)は、貴行の償還請求に応じ、手形の引換なくして御支払い致します。」旨の記載のある、「証」と題する書面を差し入れていることが認められる。

そして、《証拠略》によれば、「輸出手形保険の保険関係が成立する荷為替手形の買取等について」と題する昭和二八年九月一一日の通産省の通達によると、「銀行は、輸出手形保険の保険関係が成立する荷為替手形の買取に際し、振出人と別紙書面による約定をしなければならない」とされていて、その書式として掲げられているものの中に、右の「証」と同趣旨のものがあり、控訴人の差し入れた「証」と題する書面も右通達に従つたものであると認められる。

以上の事実を基に検討するに、そ求権の行使といい買戻請求権の行使といい、その法的根拠は異なるとはいえ、外国為替公認銀行による買取代金の回収という点では、実質的にみると全く同じ経済的目的を持つものであり、輸出手形保険制度は、買取銀行の資金回収をさらに確実にする制度であることを主眼としているにしても、基本的には買取銀行、輸出業者の双方の利益に適うものとして設けられた制度であることを考えると、貿易保険法等のそ求権行使に関する規定の趣旨は、法的形式は異なるとしても、経済的には同じ効果を持つ買戻請求権の行使についてもそのままあてはまるものと解するのが相当であり、少なくとも、前記通達に従つた書面を差し入れている場合には、この旨の合意があつたと認めるべきである。

そうすると、控訴人と被控訴人とは少なくとも前記「証」の差し入れにより、買戻請求権の行使についても、保険事故について振出人である控訴人の責めに帰すべき事由がない場合には、そ求権の行使ができない旨の貿易保険法及び輸出手形保険約款の定めと同趣旨の特約をしたものと認めるのが相当であり、したがつて、本件において、被控訴人は控訴人に対し、保険事故につき振出人である控訴人の責めに帰すべき事由のないときは、本件手形の買戻請求権を行使することができないものと解するのが相当である。

3  控訴人の帰責事由について

前記のとおり保険事故について控訴人の責めに帰すべき事由がない場合には、控訴人は被控訴人から本件手形の買戻請求権の行使を受けないことになるが、「責めに帰すべき事由」の証明責任は買戻請求権を行使しようとする被控訴人にあるものと解するのが相当であるから、次に本件保険事故について、本件手形の振出人である控訴人にその責めに帰すべき事由があるかどうかについて判断する。

(一) 控訴人ないしエムイーアイジャパンが本件取引の商談を始めた当時から被控訴人が控訴人から本件手形を買い取つた当時、控訴人の代表取締役であつた田中重人とエムイーアイジャパンの代表取締役であつた安富清之とが実の親子で、長期にわたつて同居していたこと、田中重人は九一歳の高齢であつたこと、控訴人の役員は一名を除き全てエムイーアイジャパンの役員に就任していたことがある者であること、控訴人の本店所在地は東京都大田区雪谷二丁目二六番一四号になつているが、支店の所在地はエムイーアイジャパンの本店所在地である新宿区内藤町一番地であり、そこが控訴人の活動の本拠地になつていたこと、エムイーアイジャパンの本店所在地であるビルは控訴人が借り受けていたものであり、エムイーアイジャパンの電話も控訴人が設置したものであつたこと、控訴人の常勤役員は、日頃エムイーアイジャパンの役員としても活動していたことは、当事者間に争いがない。そして、証人安富清之の証言によれば、控訴人はエムイーアイジャパンの子会社であつて、別法人となつていて事業目的も異なるというものの、いずれも実質的には安富清之がその経営の実権を握つていたこと、通産省に対して海外名簿の登録申請をする際にも、テルスター社あるいはマドラス社との本件取引の当事者をエムイーアイジャパンにするか控訴人にするかは決めておらず、税務対策上の問題もあるので、将来の利益を見ながら両者に割り振つていく考えであつたというのである。以上の事実によれば、控訴人とエムイーアイジャパンが別会社ではあつても、以下に控訴人に帰責事由があるかどうかを判断するに当たつては、両社をことさら区別することなく、むしろ安富清之の行動を中心に判断を進めるのが相当である。

(二) 次に、控訴人ないしエムイーアイジャパンとテルスター社あるいはマドラス社との間で本件取引がなされるに至つた経緯等についてみる。

証人安富清之の証言によれば、本件取引は、控訴人会社の社員であるスヘル・クレイシー及びリチャード・マッカガーが、ドレクセル・バーナム社の副社長から、近くテルスター社の社長になるというバーニー・フィリップスを紹介されたことから始まつたといい、テルスター社は、高度の技術開発力を持つ優良企業と判断され、その後現地に工場も見学して活発な生産活動をしていることも確認したとし、テルスター社が倒産することは予想もできない事態であつたという。

しかしながら、証人安富清之の証言及び成立に争いのない乙第二号証の一(安富清之の陳述書)、原本の存在と成立に争いない乙第二号証の四、六(ノヴァスコシア銀行の代理人である弁護士に対するエムイーアイジャパン代表者安富清之の回答書)の内容には数々の疑問があることは、被控訴人が指摘するとおりである。

まず、成立に争いのない乙第二号証の四によれば、すでに一九八七年一月にはテルスター社を代表するバーニー・フィリップスとエムイーアイジャパンとの間で商談の合意が成立したようになつている。しかし、弁論の全趣旨により成立を認める甲第三三号証(ダン・アンド・ブラッドストリート社の調査報告書、いわゆるダン・レポート。)によれば、テルスター社の設立は一九八七年二月四日となつていて、一月当時はまだテルスター社は設立されておらず、バーニー・フィリップスがテルスター社の代表者にはなつていないと考えられる。そして、安富清之の証言によると、バーニー・フィリップスがテルスター社の社長に就任したことを確認したのは、本件取引の直前である昭和六二年六月であるというのであり、それもテルスター社から送付されたダン・レポート(後に触れる乙第二号証の二)によるというのであつて、安富清之自身しばしばアメリカに行つていながら直接バーニー・フィリップスとは面談したこともないというのである。他方、《証拠略》によれば、バーニー・フィリップス自身は、フロリダ州南部地区米国破産裁判所で行われたテルスター社の破産事件では、自らがテルスター社の社長に就任したことを否定し、あるいは名前を貸しただけであるなどと供述し、エムイーアイジャパンとの取引のことは知らないと供述しているほか、テルスター社の工場を見に行つた際の印象についても供述しているが、その内容は、安富清之証言とは大きく違つている。このバーニー・フィリップスの供述内容の信用性にも問題があつて、その全てを真実と受け取るわけにはいかないが、少なくとも控訴人ないしはエムイーアイジャパンが本件取引を開始するに当たつて、取引先の信用性について十分な調査をしていなかつたことを窺わせるものといえる。ところで、《証拠略》によれば、エムイーアイジャパンが通産省に海外商社名簿の登録申請をするに際して添付したテルスター社及びマドラス社に関するダン・アンド・ブラッドストリート社の調査報告書(添付されたのはそのコピーである。)は、同社の作成にかかるものではないことが認められる(ついでに触れておくと、テルスター社に関する右調査報告書には、社長として「K・TANAKA」なる人物が記載されているが、これはダン社の資料にはない人物とされており、たまたま田中重人の三男で安富清之の弟にあたる田中一三のイニシャルと一致している。単なる偶然とは考えにくい。)。さらに、両調査報告書の内容は、社名とか役員の氏名とか電話番号等の細部を除けば、信用性の判断に当たつて最も重要となるはずの財務状況を示す数字まで全く同じ内容となつている。これらの事情を考慮すると、テルスター社の登録申請が通産省本省貿易局宛に提出されており、マドラス社の登録申請が東京通産局宛に提出されているのも、通産省の審査の際のチェックを免れるためにわざと提出先を変えたのではないかとする被控訴人の疑問ももつともであり、少なくとも、控訴人ないしエムイーアイジャパンにおいて両調査報告書の内容を比べてみるだけで、容易に疑問を抱くことができたはずである。また、控訴人ないしエムイーアイジャパンがテルスター社につき銀行調査をした結果であるという乙第一七号証の記載内容によると、リパブリック・ナショナル・バンク・オブ・マイアミとテルスター社の取引は一八八二年三月から開始されたことになつていて、当座勘定残高も平均して一〇〇〇万米ドルにもなるとされているが、前掲甲第三号証によつて認められるテルスター社の設立時期が一八八七年二月であることと矛盾するし、後に触れるとおり控訴人がその後テルスター社から改めて取り寄せたというダン社の一九八七年五月二〇日付け調査報告書(原本の存在と成立に争いない乙第二号証の二)に記載されているテルスター社の前記銀行との取引開始時期や預金残高(三桁の高位の数字)とも大きく違つている(なお、《証拠略》に現れるテルスター社の預金残高は、八〇〇〇ないし九〇〇〇米ドルとなつている。)。要するに、乙第一七号証の銀行調査の内容も極めて疑わしいといわざるを得ない。

次に、《証拠略》によれば、前掲乙第二号証の二は、控訴人ないしエムイーアイジャパンが本件取引を開始する直前に改めてテルスター社から取り寄せたものであるというが、これによれば、テルスター社の設立は一八八七年二月であることが記載されており、クレイシーらの報告に疑問を持つてしかるべきであるし、銀行取引開始後の日も浅く、預金残高も少ないことも判る。また、この報告書によれば、テルスター社の役員としてジョセフ・バウアー、スヘール・アーメッド、オットー・ヒーベの名前が記されているところ、これらは、安富清之とは旧知の間柄であるから、これらの者に真偽を問い合わせることも容易であつたと考えられるのに、控訴人ないしエムイーアイジャパンはなんらの照会もしていないというのである。

証人安富清之が証言するように、本件取引は、控訴人ないしエムイーアイジャパンにとつては、両社の年商額の半分を超えるほどの大きな額の取引であつたのであるから、テルスター社やマドラス社との取引を開始するに当たつては、当然慎重な信用調査をすべきであるのに、これまでにみてきたところからすると、控訴人ないしエムイーアイジャパンのした調査は、いかにも杜撰というほかない。

(三) さらに、《証拠略》によれば、控訴人がテルスター社を支払人として振り出した荷為替手形は計七通、金額合計が三一六万七一五〇米ドル(当時の為替相場で円に換算すると四億六二七五万円余)、エムイーアイジャパンが振り出した荷為替手形は一通、金額八九九五万円であるが、これらの手形はすべて不渡りとなつていることが認められるところ、本件の手形は控訴人の振り出した前記七通の手形のうち四番目に振り出されたものであり、その振り出し時期(昭和六二年八月一一日)からみて、先に(二)に指摘した疑問点はいずれも明らかになつていた時点である。にもかかわらず、証人安富清之の証言によれば、特に新たな調査もしないまま、しかも、D/Aを条件として振り出したものであるという。これもまた、危険の多い取引方法である。証人安富清之は、このような条件によつたのは小規模の会社とては、他の有力業者との競争上やむを得ないことであるという。確かに、そういつたハンディがあることは判る。しかし、前掲乙第二号証の四によると、テルスター社について海外商社登録のなされていなかつた昭和六二年一月の段階では、二五〇万米ドル取引についてすら、その三分の二について信用状の開設を要求していることが窺われるのであつて、同社について海外商社登録がなされた後の本件取引に当たつて全てD/Aによる取引を承認したというのは、あまりに安易であると批判されても仕方のないところであり、同人の証言は弁解と受け取られてもやむを得ない。

(四) 以上に指摘した点のみならず、証人安富清之の証言は、その態度や証言の全体の内容からいつて、信用性には極めて疑問が多く、同証言中控訴人ないしはエムイーアイジャパンの帰責事由を否定する部分は、到底信用することができないところである。

以上判断したところによれば、本件手形の振出人である控訴人には、これが不渡になつたこと、すなわち本件保険事故の発生について責めに帰すべき事由があるものというべきであり、控訴人は、被控訴人の本件手形の買戻請求権の行使を拒むことができないものというべきである。

4  控訴人の権利乱用の主張を採用し難いことについては、原判決八枚目表七行目から、同九枚目表一〇行目までを引用する。

三  以上のとおりであるから、被控訴人の本件請求は理由があり、これを認容した原判決は結論において相当であり、本件控訴は理由がないのでこれを棄却することとし、よつて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 上谷 清 裁判官 小川英明 裁判官 曽我大三郎)

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